有意注意の日々
2020.09.29 Tue

宮沢賢治の詩

 弊社では新型コロナウイルス感染予防のため、緊急事態宣言以降、在宅勤務を導入しました(熊本市・熊本県の警戒レベルに合わせ、出社に切り替えています)。一時期、在宅勤務の社員が増えたため、社内コミュニケーション対策の一環として、9月から「社長NEWS」と題した記事を毎日発信しています。ある日の「社長NESWS」をご紹介します。

 

 38年前のことです。わたしは熊本県玉名郡長洲町梅田というところに住んでいました。ある日長洲町の公民館長が、公民館を無料で使っていいから英語の塾をやってくれないかと頼みに来られました。迷いましたが、お受けすることになり、自分でチラシをつくり、長洲町に住むすべての中学生の家に、これも自分でポスティングしました。全く反応がありませんでした。あきらめていたところに、ふたりの中2生が、わたしの家にやって来ました。そこでしょうがなく英語の塾をはじめることにしました。

 

 ふたりとも坊主あたまで、ひとりはひょろっとした青瓢箪(あおびょうたん)、もうひとりはずんぐりむっくりで左門豊作みたいでした。ただ成績が悪いところはよく似ていて、あとでこのふたりから聞いてわかったことですが、長洲町には既に街中に英語の塾があって、塾に行かない中学生以外はすべてその塾に通っているとのことでした。親が言っても聞かない勉強嫌いが、わたしの生徒になったのです。

 

 塾を始めて半年くらいしてからでしょうか、街中の有名塾から4名の女性徒がわたしの塾へ移りたいと言う話が来ました。わたしはやった!とばかりに、ふたりに話をしましたところ、「それならやめます」と言うのです。4名対2名、迷いましたが、勉強嫌いでも、わたしには可愛い生徒にはなっていましたし、親御さんからなにかにつけ貰い物がありましたので、泣く泣く断ることにしました。

 

 何ヵ月経っても学力は向上しません。「こんなこともわからないのか!」と毎回怒鳴るしまつです。とにかく覚えの悪いふたりでした。なんとかできないかと考えて出てきたアイデアが宮沢賢治でした。宮沢賢治の詩を、勉強を始める前に唱和させました。週1回の塾でしたから、年間で50回はしたと思います。その後熊本市内に引っ越すことになりましたので、2年くらいで塾はやめましたが、今でも不思議とふたりの顔だけは覚えています。

 

 今日はそのとき唱和させていた宮沢賢治の詩を贈ります。ふたりもこの詩だけは暗唱できていました。ただ勉強嫌いのふたりでしたから替え歌のように「雨にも負けて、風にも負けて・・・」とふざけて言って、わたしから怒鳴られていました。いまでは懐かしい思い出です。

 

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰ(い)ル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲ(を)タベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ ノ
小サナ萓(かや)ブキノ小屋ニヰ(い)テ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

 

「雨ニモマケズ」 (宮沢 賢治)より

カテゴリー: 有意注意の日々 | 投稿日: 2020月09年29日 | 投稿者: 編集

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