スタッフブログ
2014.04.13 Sun 山びこ学校

山びこ学校

「山形縣山元村中学校生徒の生活記録」の副題が付いた 無着 盛恭先生が指導者として赴任していた 東北の深い山の中にある学校での中学生の生活の記録です。 1951年3月5日が初版です。 この冒頭に書かれている江口江一君の 「母の死とその後」は、文部大臣賞を受賞しました。   江口君の家は非常に貧乏です。 貧乏の中お母さんが亡くなりました。 弟と妹は親戚に預けられ 江口君とお婆さんのふたり暮らしになりました。 学校に行きたくても、沢山の仕事があって行けません。 無着先生が家を訪れ、「計画表」を作るよう指導します。 苦労して「計画表」を先生に渡すと 「宿直室に行っておれ」と言われます。 無着先生は、数人の同級生を従えて宿直室へ行きます。 皆に「計画表」を見せた無着先生は「なんとかならんのか」と言います。 同級生は話し合い、分担し、助けてくれました。 ひとりでは1ヶ月掛る仕事が1日で終わりました。 江口君は、大好きな学校に行けるようになったのです。   わたしが江口君の生活記録で特に感心したのは、 彼が書いた次の文章です。 「明日はお母さんの三十五日です。 お母さんにこのことを報告します。そして、お母さんのように働いても なぜゼニがたまらなかったのか、しんけんに勉強することを約束したいと思っています。 わたしが田を買えば、売った人が、僕のお母さんのような不幸な目に合わなければならないのじゃないか、 という考え方が間違っているかどうかも勉強したいと思います。」 と書いている。 今時こんな考え方をするこどもがいるだろうか?否、われわれも含めてである。   山形縣山元村中学校の生徒は、その後おそらく立派な大人になったのだろう。 今生きていれば70代、日本の高度成長を支え、発展させてくれた人々に違いない。 最後に無着先生がこどもたちをはげまし、教え導いたことばを、読んでいただいた方々に贈ります。   ・いつも力を合わせて行こう。 ・かげでこそこそしないで行こう。 ・いいことを進んで実行しよう。 ・働くことがいちばんすきになろう。 ・なんでも、なぜ?と考える人になろう。 ・いつでも、もっといい方法がないか、探そう。      

カテゴリー: スタッフブログ | 投稿日: 2014月04年13日 | 投稿者: 編集

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